身代わり王子と秘密の花園みがわりおうじとひみつのはなぞの 目次(最初のページ)


「いた」
 さんざん歩き回った末、棚を作りつけている最中の部屋に辿り着けた。カイツォーネは、男達が昼食中であることに目を付け、辺りに使用人がいないことを確認してから、部屋に踏み込むことに決めた。車座になって座り、てんでばらばらにサンドイッチを頬張っていた男達は、ひょい、と顔をのぞかせたカイツォーネに、一斉に注目した。
「あの、」
 視線の強さにたじろいだ少年に、
「なぁんだ……」
「期待させんなよ!」
「早いと思った! まだ昼休み、始まったばっかだよなあ」
 男達はぼそぼそと呟く。
「あの、どなたかこちらに、いらっしゃる予定でしたか?」
 手近にいた、一番下っ端そうな少年をつかまえて聞いてみる。
「えーとまぁ。来ます。すんげえキレーな人がアイタっ」
 横から少年を小突いて、他の男がそっぽを向く。どうやら、あんまり、知られたくないことであるらしい。皆が待ちわびている人物が誰なのか、気にはなる。が、当初の目的通り、カイツォーネは、聞いてみた。
「ここ、いったい何を作ってるんですか」
 もったいぶるでもなく、男の一人があっさりと口を割った。
「図書館建設。それが屋敷の主(あるじ)の目的だ」
「文字が読めない奴が多いだろ? 都会じゃあ本を読むのも勉学のうち、だけど、この辺だとなかなか、習わねえ」
 図書館がどれだけすばらしいのか。男は目を輝かせ、声を潜めて教えてくれた。
「俺達ァ、学者先生達がやってるような、建築だの難しいことは分からねえ。だが、石組みの方法とかは、手足使って棟梁がやるのを見て、覚える。それでいいものを作るんだ」
「棟梁が知らない、もっともっと前の棟梁達が残した、技法書、ってやつが、あるらしい。そいつを読めたらすげえいいだろ? 今は読めないから、俺達が休憩中にも、サンドラが、本を読んで教えてくれる。図書館建設したら、俺達でも文字を覚えて、技法書ってやつを自分達で読めるかもしれん」
 建築なら、図面があるのではないか。カイツォーネの疑問を、読みとったように、
「図説じゃないんだー。大半が文字でさー」
 短い赤毛の、少年がぼやいた。
「古代語っていう、何かしちめんどくさい、今と綴りが違う文章なんだと」
 数名が、呪文でも口にしているふうな顔をして、教えてくれる。
「そういう、古くて、たっかい本を、あの爺さん、ただで読ませてくれるっていうんだ」
「図書館から盗んで、売られちまわないかって聞いたら、何、優秀な魔法使いに頼んで、本が売られそうになったら非常警報が鳴るように魔法をかけてもらうんだと」
「本は、皆のものだからさ、読んで吸収したら、返しにこい、だと」
「太っ腹なのか何なのか、なぁ」
 冗談らしく、男達はあけひろげに笑う。
 もしかしてここの書棚に収まるすべての本に、追跡と防御の魔法を自分がかけなければならないのだろうか。カイツォーネは、膨大な時間と労力を思って、ちょっと微妙に、心配になった。そこへ、
「大丈夫。今おじーさんが出かけてるのは、魔法学院の先生らにかけあってるからだよ」
 カイツォーネの首の後ろに腕を回し、肩を抱いて、体重をかけてきた者がいる。ネハだ。
 楽しげな声を聞かなくても、軽い足音を聞かなくても、カイツォーネは、匂いで分かった。ネハは、使用人風情にしては、柔らかで清楚な、香水のかおりをまとわせている。
 別に女遊びをするわけでもないらしいので(少なくとも、カイツォーネは、屋敷では、そういうのは見たことがない)元々着ている服もいい物だし、老人から特別、目をかけられている、それで振る舞いが貴族めいているだけだろう。貴族だったら、箒持ってうろついたり、使用人ごっこなんてしないだろうし。屋敷の使用人達も、全然、ネハを貴族扱いしないし。時々邪魔そうに蹴ったり、いじめたりするし(それをネハが楽しんでいるので、何か複雑な愛情表現をする屋敷ではある)。
 ともあれ、あっけに取られたふうの男達の前で、ネハは気にせず、スカートの中の足を組んだ(老人に叱られたわりに、まだこの格好に飽きてないらしい)。
「学院に行った、っていうのはさ。本へのそういう、魔法掛けに、いくら費用と時間がかかるのか、手を貸してくれるのかを掛け合うためなんだよ。だから君が心配するようなことは、ないよ。君は鳩の出し入れだけ、してればいいから」
「……魔法学院と、つながりがあるなら、何も俺に鳩の出し入れの仕事を頼まなくても、」
「分かってないな」
 にっこりと笑って、ネハは、至近距離でカイツォーネの目を見つめる。相手が男だろうが、体が触れて、しかも間近で見られると、驚いて心臓は跳ね上がった。
「君、公共事業の意味を、知っているか?」
 人を雇って、働いてもらって、賃金という形で「人に貢献する」。貴族の社会貢献だ。
「そこのお兄さん達は、鉱山閉鎖後、暇になった男達をじいさんが呼び集め、辺境の古代遺跡調査やら、要塞の丈夫な建て方やらを学ばせて育てた、その二代目くらいだ。顔もガラも、決して婦女子が顔をしかめない種類のものでは、ない。しかし!」
 男達は、悪く言われ、剣呑にネハを睨む。ネハはそれを振り切り、強い声を出した。荒れかけた空気が、一瞬で抑えられる。
「じーさんは彼らに、こういう、物を作る道を示した。何の役にも立たなかった豪勢なだけのお屋敷を、こんなでっかい図書館にしてしまえるだけの、力が彼らにあるんだと、一つの道を提示した。君についてもさ、」
 頬をつつかれ、カイツォーネは鳩のことを思い出して、イヤな気持ちになる。身をよじろうとしたら、ネハが自分から離れてくれた。
「君はちょっとした仕事のつもりで来たのかもしれない。だが、「偏屈爺さんのところでも仕事をやれた」実績が、他の人から見れば、ちゃんと仕事の出来る奴だという信用になる。偏屈爺さんにいじめられただろうって、皆の気持ちも君に近づいてくれるだろうし」
 途中で、戸口に女が現れた。紺色のドレスローブは、裾が長く、床面に引きずられている。大きな眼鏡は、顔からはみだして、今にも重たげに落ちそうだ。彼女は柔らかな声で、そっと言った。
「ご機嫌よう。みなさん」
「図書館の専任教師になる予定の、女性だよ。サマンサ、こちら、鳩係の少年だ」
 ネハの声に、サマンサは、にっこりと笑ってみせた。伏せ気味の長い睫毛(まつげ)が、目元の色っぽさに華を添えている。しなやかな身動き、ふくよかな頬と胸。そして、口調の柔らかさ。
「そう。貴方がたも、二百年前の巨大建造物における梁(はり)の研究について、学びたいの?」
「……いや、遠慮します」
 サマンサの手にある、分厚くて落としたら「ごおん」とか言いそうな本の表紙を見て、カイツォーネは首を振った。
「……あれ、建築総目次じゃん……」
 魔法学院の歴史授業で、お目にかかったことがある。ものすごく面倒で大変だったレポートのことを思い出して、カイツォーネは身震いした。あんなの、あえてやりたくはない。
「では、みなさん。始めましょうか」
「ハイ! サマンサ先生!」
 現場の男達は、この「サマンサ先生」に心酔しているようだ。美女だからというだけではなく、建築について分かりやすく声で読み上げてくれることが、純粋に嬉しいのだ。目が輝いている。カイツォーネは、見ている自分もわくわくしてきた。そんな中、「向こうの部屋は、ここと違って、先に本を入れてある。見てみるかい?」ネハに誘われ、カイツォーネは興奮ついでに、うっかりとついていってしまった。


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