身代わり王子と秘密の花園みがわりおうじとひみつのはなぞの 目次(最初のページ)


 逃げる二人を追いかける。森の奥へ分け入り、ある茂みの前にたどり着いた。
 ぽぽっ、と軽い音が響いた。白くて、綿毛のような煙が、草むらに逃げ込んだカイツォーネとミレーネを、包み込んだ。
「うわっ、かっちゃん!?」
 いつの間にかミレーネの言い方が移っていたネハである。さておき、茂みの中にいたのは、子供二人ではなく、茶色と鼠色が混ざったみたいな、ぼろ雑巾のような獣だった。
「狐?」
「いや、違うわね、」
 息を切らせ、アツォークが、やっぱり女装姿で、森へと分け入ってきた。
「アレっ、何で貴方がこんなところに」
「民衆蜂起の報を聞きつけて、ご老体のお屋敷まで駆けつけたのよ。治安関係に責任がない立場じゃないもの。そうしたら、この子達が魔法で、人を消したじゃない。どうしたのかって、追いかけるものでしょう、普通は」
「あー、あれ! まさか、殺して、」
「ないない」
 アツォークは、疲れ果てた顔で、ぱたぱたと手を力無く振る。
「この子達がそんなタマかっての」
「確かに。隠し事は、してたみたいだけど」
「人には、ちょっとした隠し事くらい、あるものよ。貴方が出自を言いふらさないように」
「貴方が女装の訳を言わないように? 失言でした」
 睨まれて、ネハは首をすくめる。
「で、この狐もどき、いったい何なんです?」
「狸じゃないかしら?」
「タヌキって、何ですか」
「東の方にいるのよ。前に言わなかったかしら、人を化かすのは狐狸(こり)妖精の類(たぐい)だって」
「さぁ? それは比喩ではないんですか?」
 ネハは、背の高いアツォークをじっと見上げる。まっすぐな目に、アツォークが答えた。
「私は、人を「騙すことが出来る」奴については、「狐狸(こり)」と呼び慣(なら)わすのよ」
「実際に狐狸(こり)が人を化かすっていう意味なのかと思った」
「……そういうことも、あるのかもね」
 男(?)二人が、茂みに隠れた「二匹」を見やる。子狸二匹は、毛がふさふさしておらず、ボリュームがなくてみすぼらしい。
「毛皮にしようったって、まったく映えそうにないわねぇ」
 唇の端に黒い爪をあてて呟かれ、狸達はびくついた。しかし、弾みで、茂みがかさっと鳴ってしまい、ぴたりと動きを留めてしまう。
 二匹は必死で、考えていた。
 長く白い髪の美女である母は、魔法使いでもあった。たまに狸に戻るだけで、普段は人の姿をしていた。狸より人の姿であることが多かったのは、カイツォーネ達の父が人間で、その側で暮らしていたからだろう。
 彼女の影響で、カイツォーネとミレーネは、人として暮らしていた。たまに狸になるけれど、そんなもんだと思っていた。だから、人にバレて、驚いた――母が「勝手に本で読んで、獣に化ける術を実行したのね! 困った子!」とかフォローをして、何事もなかったかのように、場は収まってしまったけれど。
 痛かった。幼い二人は、自分達が狸であるせいで、人が、あんなふうに冷たい目で、「友達ではなく、実験動物相手みたいに」見るのが、胸をかきむしられるくらい、不安で怖かった。僕達は。人じゃ、ないんだ。
 何だ。いったい、自分は何なんだ。
 カイツォーネは、変身し続ける限り、追求している「何か」に手が届くかもしれない、手を伸ばしているんだ、もう少しで届く予感がした。うっすらと。だが確実に。その思いは、胸を焦がした。変身を獲得した兄。似たような不安を抱きつつ、人の役に立ちたいし、動物も治せるからと、薬を学んだ妹。
 竜達もいる魔法学院では、正体を隠していなかった。でも、学院を出れば、反応は冷たい。狸であることを隠して、学院からそこそこ遠い場所で、開業した。
 走馬燈のように、日々の苦しみを思い出す。手と手を取り合った狸を、しげしげと見ていたネハが、「あ!」と言った。
「二人が狸に化けたか、狸が元々の姿? 後者なら珍しいな。でも、それなら、裏庭のマリリンが吠えたのにも、頷ける」
「マリリン?」
「人には吠えないよう、訓練された犬です」
「……やっぱり、あの子達、狸かしら」
 二匹は、がたがたと震えている。
「どっちでもいいわよ。狸なんて、竜や丈夫な獣人と違って、売れもしないし。態度の変えようもないわ。でも、教えてくれないなんて、私達、人でなしだと疑われてるのねぇ」
 喋りながら、茂みに踏み込み、前のめりに手を伸ばして、おいでおいでと手招きした。ネハが、「あっそこら辺に蜂の巣」「ちょっと、本当ー!? やぁだ」二人で賑やかに、狸になった二名に近づく。その、一歩一歩が重たくて、二匹には、ずしりと響いた。
 やだ。イヤだ。ミレーネが、身震いする。以前から、慣れない土地で加減が掴めず、魔力をかなり消耗していた。その上さっき、人を守るために、魔力をたくさん無駄にした。
 何てこと。人を助けようとして魔力が底を尽き、狸になって、人に殺されるの!?
 ミレーネが暴れ、キィキィと鳴いた。魔力が戻って人に変化したカイツォーネが、動くなとミレーネを押さえつける。人を見やった。
「俺達は、人に危害を加えたりしない。清潔にするし、変な病気も持ち込まない。小さいときから、人の姿で暮らしてたから、今更狸じゃ、暮らすこともできない。ただの魔法使いなんだ。だから、何も、しないでくれ。気に入らないなら、――出ていくから」
「二人は、この街を出ていきたいの?」
 アツォークに優しく聞かれ、狸のミレーネと、人の姿のカイツォーネは、首をゆるりと左右に振った。
「でも、」
「人が許さない? そんなことはないと思うけど。じゃあ秘密にしましょうか。他の人にバレたら、「あら、狸ですけれど、それで何か問題でも?」って、私やネハ公子が言ってやればいいのよ。貴方達が狸で当たり前、になれば、きっと何でもなくなるわよ」
 アツォークが、にっこりと笑っている。遅れて、人姿に戻ったミレーネの、肩に手をかけ、頭を撫でた。
「大丈夫よ。でも、狸だからって、特別扱いは、してあげないわよ?」
「あ、う、」
「服を着なさいよ」
 言われて、足下で踏んづけていた服の上下を、かき集めた。カイツォーネは慌てて、茂みに埋もれて服を着る。ミレーネは、アツォークの黒い羽毛のストールをかけて貰う。その陰で、服に着替えた。
「かっちゃん。信じて、いいかな。いいよ、ね。狸汁(たぬきじる)に、されたりなんか、しないよね」
 ひそひそと、ミレーネは兄に話しかける。
「ミレーネ、うれしそう」
「かっちゃんも、」
 距離が近いので、アツォークもネハも聞こえていた。くすぐったくて、
「あれでは、人に騙されまくり」
「そうねぇ。いい街を選んだわね、悪い人もいるけれど、優しい人もいっぱい、いるもの」
 着替え終えて、所在なくたたずむカイツォーネ達に、ネハは満面の笑みを浮かべた。
「君達に、救われた者も結構いる。俺は、やってみたい仕事を見つけたし」
「自分と、自分のした仕事――その仕事に助けて貰ったお客様を見くびらないことね。貴方達をこのまま暮らさせる嘆願書にサインしてくれる人ぐらい、結構いるんだから。だから、さしあたって心配なんていらないわ」
 ネハが、ハイ、と片手を差し出す。
「よろしくね! 狸王子!」
「は?」
 成り行きで、というか勢いで、思わず手を握り返し、カイツォーネは驚いた。
「王子!?」
「洒落(シャレ)! 狸姫も! はい!」
 不意打ちで手を掴まれ、ミレーネはびりびりっと体毛を逆立てて身震いした。
 こうして身代わり魔法使いと薬師な魔法使いは、変な人達に弱みを握られ、たまに「つて」と称してあちこちに呼び出されることになった。人々に開放された図書館は、盛況で、老人も、時々庭や図書館に現れ、密かな望み通り、気がついたら街の人に「本当は悪い人でもないのね、偏屈なだけで」なんて言われながら、微笑みの中で暮らしていた。


身代わり王子と秘密の花園・了
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