この地はもう、お前を愛してなどいない。
それでも私はこの地に残る。
Bleibe(ブライベ)
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   Bleibe(ブライベ)   

9『お正月』
   *
 こんな基地だが、時の流れというものはある。
 ぱんぱん、と柏手を打ち、三回目の頭を下げ、佐倉一宇は神妙に顔を上げた。
 神棚に供えた器の中身は見えないが、湯気が立っているのは視認できる。
 神さまもおいしい料理とまずい料理が分かるのだろうか。
 そうだったら良いのになぁ、と一宇は思う。
 別に、何の理由もない。
 部屋を出る。
 よしっ俺もこれからちゃんと神社で拝礼できるなっ。
 一宇は調理場に戻る。指を折り、数を数えた。
「次はエビス様だっけ」

 基地は、多種多様な人員によって構成されている。
 よって信仰もまたさまざまだ。
「俺ンとこは何でも有りだからなぁ」
 浮田=ランゼル第二十五部隊大佐は目を瞬き、こたつのある小さな座敷の光景を目だけで一巡した。周囲の隊員は大半がつぶれているが、それは昨夜からの酒盛りの所為なのか、単に前日まで続いた任務による過労かどうかは判然としない。
 ぼんやりとミカンの皮を剥いていた浮田は、後ろからどつかれた。
 いつもより酒をすごしてしまったため、神経が奇妙に、鈍っているのだか鋭いのだか、すっかりおかしくなってしまっている。変な声を上げ、浮田は斜めにカラダをひねって避けた。
「あーんっ、大佐ー、なんでよけるんですかあ」
 両脇で束ねた髪がふわふわしている女は、語尾を限りなくのばしながら布団にしがみついた。文句を言いつつ、じりじりと間合いを詰めてくる。
「こたつなんて何であるんですかあー、あたしと大佐を阻むものはぁ、なんっでも、許さないぞう」
 きゃはははは。
 腰をひねった所為で激痛にさいなまれている大佐は、にじり寄ってくる彼女に気づかないでいる。
「ハッ! さんなすび」
 と、唐突に叫びながら、こたつに入って寝ていた九条が起床した。
 ゴン、と鈍い音を立て、九条と彼女は頭をそらす。
「いったーい! なにすんですかあ」
 九条にいたっては、声も出ない。頭を押さえて倒れ込んでいる。
 そんな彼の無防備な腹を踏みつけ、彼女は「天誅!」と叫びながら奇怪な笑い声をあげた。
 大概、酔い人は奇行に走る傾向にある。
 部下が理不尽な攻撃にあっていた頃、大佐はようやく腰の痛みから解放されていた。
 浮かんだ涙をぬぐい、大きく息をつく。
 なんだか目が覚めてしまった。
 醒めついでにこたつから這いだし、一段高くなった座敷を四つんばいになっておりる。
 ――かなり間抜けであるが、本人も好きでやっているわけでない。
 急に立ち上がってひっくり返るよりいいと判断しただけである。

「うーわあ、今年はまぁた、派手にやったな」
 先程まで居た場を振り返り、中腰で軍靴を履く。先程も見ているのだが、現実に戻ってきた感がある今に見ると、なんだか惨憺たる有様だ。
 どうりで未婚の隊員も多いわけだ、と、浮田は腹に落書きされた数名を見て納得した。
 一方、九条は無抵抗のまま沈黙し、彼女の暴行は他の隊員に移っていた。
「おぁーい、ミッシェル、殺すなよ」
 どうでもよさそうに言い置いて、部屋を出る。閉めたばかりの戸に、彼女がどすうん、とぶつかるのが聞こえた。
 ……ついてこられてはたまらない。
 浮田は急ぎ足で角を曲がった。
「ぎゃあ!」
 一宇は手に持っていた器を、放り投げた。
 宙に舞った赤い塗りの器を認識し、浮田は思わず手を伸ばす。
 が、
「うわっあっち!」
「ああっ! 大佐ー!!」
 浮田は反射的に身を引き、全身に器の内容物を浴びずに済んだ。しかし熱湯に近い汁をかぶり、手がじんじんする。
 熱かった手を振っていると、一宇はああああ、と言いながら器を拾った。
「どうしてくれるんですか! 料理長に叱られるのは俺なんですよ!?」
「……なぁ、それ、なんだ?」
 浮田は、出会い頭の事故においての過失を問わず、ぎこちなく微笑みながら訊いてみた。
 こと料理関係となると、この候補生はかなり怖い。本人に自覚はないが、誰かの作ったものを粗末に扱うことは決して許さないのだ。
 多少行儀悪く食べても、おいしく食べるなら許してくれる。しかし、ご飯粒一つ残すこともとがめられたり、残されたものについては味がどう合わなかったのか訊いてきたりするのである。
 やっぱ、こいつ、コック向きだよな。
 そう考えていると、ぶつぶつ言っていた一宇は、浮田を睨みあげながら答えを返した。
「お雑煮ですよ。風習がみんな違うっていうんで、今回は野菜を入れて餅をいれて、餅入りの雑炊みたいなものにしようって料理長が」
「ふうん。珍しいな、芋主食者とか小麦主食者のほうが多いだろ、ここ」
 顎に手をあて、浮田はしみじみ呟いた。
「ここで食ったこと無いぞ、雑煮なんて」
「そうなんですか?」
 まぁ、一宇もシンクタンクの寮で出された料理の中に、米料理が出たことはあっても、餅は見かけない。
「どっちかっていうと、甘味で食して……汁粉とかでしか食べてないですね、お餅」
 呟いた一宇の前で、浮田はアルコールの抜けきらない息を吐く。顔をしかめた未成年は、こんなので基地がよくもっているなぁと思う。
 別に基地全体が一斉にお祭り騒ぎをしているのではないのだが、先日戦闘をようやく肌で感じた一宇には、なんだか不謹慎な感も拭えない。
「一つ、良いことがあるなぁ」
 浮田は一宇の思考も知らず、ぼんやりと言葉を続けた。
「この雑煮、かーなり煮てあるから、もはや丸餅か四角い餅か判別つかないということだ」
「あぁ! 確かに、もし形がはっきりしてたら闘争になりかねないですね」
 以前、朝食バイキングの席で、クロワッサンは月形か丸形かもめていた隊員がいた。
「でもクロワッサンは月形でしょう」
「は? 何言ってンだお前? ……まぁいいや」
 黒髪をぐしゃぐしゃとかきまわし、浮田は面倒そうにあくびをした。今ここで生命活動していることさえ億劫げな上司に、一宇は渋面を作る。
「大佐、」
 そのまま逃げていこうとする浮田のシャツの裾を掴み、一宇はいつになく険しい顔つきでこう言った。
「一緒に、料理長のとこに行ってください」
「……分かったよ」
 どうせ、そとの風にでもあたってこようと思っていたのだ。浮田は大儀そうに頷いた。
 面倒だが、折角の料理をひっくり返してしまった詫びを入れる(言い訳をするとも言う)ために頭を使えば目は覚める。……どちらかというと、喉の渇きをいやしてきたいだけなのだが、浮田は当然そんなことを一言も口にしない。
「風呂にでも入って一眠りする予定だからな、さっさと行こうぜ」
 どちらが悪いとも言い切れないのだが、いい加減な言いように、一宇はむくれる。
「なんか、俺が悪いみたいじゃないですか」
 ここ数日、料理担当者の手伝いをさせられていた一宇は、ろくに睡眠を取っていない。仕込みや食器の整理などから、ことこまかな手配まで、まるで料理人になろうとしていたころ並みに働いている。
 ――料理に関わるのはいいのだが、寝不足の頭が、脳天気な上司にひどくむかついていた。
 浮田は黙り込んだ一宇に何気なく目をやり、ぎょっとした。
「おいっ、なんでそこで泣くんだ」
「うるさいなあ、良いじゃないですか、新年明けまして!」
「何なんだよっ、一体なんだってんだ」
 人目に付くのがイヤなのでどうにかなだめたいが、理由が分からず打つ手がない。
 浮田はおろおろするばかりである。
「ああああ! 大佐、そりゃあ俺、料理スキだし、手伝っても良いですよ、でもさぁ、憂乃さんに夜明け前に呼び出されたってのに行けないなんてああこんちくしょう!」
 一宇は浮田の胸を両手でつきとばすと、「青春のばかやろー!」と叫びながら走っていった。
「……あいつ、飲んでンのか?」
 急に眠気が戻ってきた浮田は、残された器と散乱した中身を呆然と眺める。

「よー、ごくろーさん」
 ちゃっ、と手を挙げ、いい加減な敬礼で倉庫番に挨拶する。ついで、浮田は姪を呼び出させた。
「わりーなー」
 やってくる姪にも軽い敬礼をし、男は気の抜けた声を出す。
「何のようだ!」
 頬に機械油をつけ、グローブを外しながら少女が言う。
「邪魔をするな、お前らと違ってうちは仕事中なんだ」
「わーってるわーってる」
 どうでもいいと考えているとしか思えない態度で、浮田は姪の首根っこを掴んだ。
「借りてくぞ」
 否を唱える暇もない、彼女はつりあげられかけて目を白黒させる。
「大尉ー! ご無事でご帰還をー」
 知ってかしらずか、整備班のものがのんきな声をあげた。
 少女は無言だ。
 ていうか止めろよ! と叫びたいが、首が絞まってうかつに動けない。
 浮田はようようと外に出る――砂漠に。

「で?」
 佐倉少佐はたまたま年末のバカ騒ぎで酒を控えたため、ひとりだけしっかりした口調でそう訊いた。
「つまり、何ですか?」
「だーからさー」
 ジャケットではなく軍服を、袖を通さずに肩にひっかけ、浮田大佐は微笑んだ。手には水の入ったコップがあるが、それは彼が飲むためのものではない。
 みーずー、と呻いている歴戦の野郎どもを踏みつけにし、水差しから注いだばかりの水を頭にかけてやっているのだ。
 ……軍人は、年末年始休業ではない。
 前年最終日および新年ついたちの午前中のみ予定の無かった連中も、これより、新年初の演習に赴く。
 はっきり言って、日程が無茶だ。
「だから、ピクニックに行こう、って」
 小鳥がなきながら空を横切っていった。
 基地の側に植えられた木が、風をうけて大きくざわめく。
 そんな景色の中、第二十五部隊の仲間たちは、ことごとく吐き気と頭痛に耐えていた。
 この世の終わりのような顔をして、九条がゴーグルを握りしめている。
 今、音速機に乗ったら、確実に吐く。
 なんだかよく分からないが、腹や背も痛い(ミッシェルによるものと思われる)。
 はっきり言って、今日の演習、ぶっつぶしてやりたい。

「いいじゃん、どうせこの演習、模擬戦みたいなもんだし」
 実弾は使わないで、砂漠で味方の部隊同士が訓練するのである。
 赤い塗料がついた時点で脱落決定なので、たぶん、一時間もしない内に第二十五部隊が全滅すると思われる。……相手が地上戦錬磨の第七部隊であることも原因だが、戦うまでもなく勝者は見えている。
 明るく微笑む浮田に、佐倉少佐は少佐の役目を果たそうとした。
「でも、演習をさぼったら、減給ですよ」
「ははは、誰がさぼると言ったかね」
 大佐から白い笑みがこぼれた。
 爽やかすぎて不審である。佐倉は目をすがめた。
 大佐はそれには気をとめず、意気揚々と資料をめくった。
「佐倉、審判は双方の身内から出るだろう?」
「え、ええ、まぁ」
 異論を差し挟む余地はない。佐倉は頷く。
「んで、うちの部隊のうちで中佐が持ってッた分を差し引いて、巡回警備に回したのを引いて、それで俺が動かせるのがだいたい百から三百」
「百七十余名です、ちなみに隊全体では二百六十余名です」
 大佐の大ざっぱすぎる概括に、佐倉は律儀に訂正を入れた。
 戦闘で大佐が指揮をとる場合、この部隊は確かにそのぐらいの人員数になる。
 実際は分割されており、大佐が振り分けた隊がめいめいで別行動しているため、候補生の一宇を含めても三十名ほどで動いているように見える。

「いやあ、優秀な部下を持って嬉しいなあ」
 大佐はとても嬉しそうに笑い声をあげた。愉快でたまらない、と言ったふうである。

 笑い方が空々しい。
 佐倉はいよいよ、疑心を深めた。
「で、だ」
 先程の座敷から引きずりだしてきた人員以外も、さほど変わらぬ状況だろうことは容易に想像がつく。つまり、早い話が酔っぱらいだらけということだ。
 対する第七部隊は前日に戦地から帰還している。騒いでいられるほどの余力がないため休養をとったハズだ。
 なぜ今年は年始にしかも第七部隊と一戦交えねばならぬのだ。
 浮田にも、はかられたなぁとしか思えない。
 どちらの隊員も、演習を憎んでいるはずだ。
 そうだろう?
 微笑んだ浮田は、限りなく猫なで声でこう言った。
「さっさと終わらせて、基地から見えないぐらい遠くまで行って、雑煮でも食おうじゃないか」
「それで一宇がいないんですね」
 佐倉はまったく動じなかった。
 おや、と浮田は片眉を上げる。
 てっきり大反対をされると思っていたのだが(それでも別にやめるつもりはない)、肩すかしをくらった感じだ。

「……スコア表はどうするんですか」
「あー、うん、それはもう内田が」
 さすがにラファエルは冷たい目をして取り合ってくれなかったのだが、内田はひいひい言いながらもデータ改竄をしてくれたのだ。
 まだやってもいない試合結果が、大佐の取り出したモバイル画面に映し出されている。
「……上手に引き分けにしたんですね」
「おう、さすがにやってもない試合でどっちが勝ったことにするかもめるのは勘弁だからな」
 本当はジャンケンで決めようとしたのだが、あいこが三回続いた時点で「三試合終了ですね」と内田が入力してしまっただけである。
「ルノーが後出しするからなぁ」
 浮田はぼそっと呟く。第七部隊の大佐は、地上でゲリラ戦を展開しているだけあって動作が機敏で無駄がない。ジャンケンでもその才はいかんなく発揮される。
 つまり、他の人間がジャンケンの時に動かす筋肉の動きを瞬時に判別し、さらに素早いスピードで遅れを補っているのだ。
 と、浮田は踏んでいる。――それにしてはあいこしか出ていないのはなぜだろう。

 浮田はフッ、と空を仰いだ。
 開始時間を告げるように、一機の軍用機が通りざまに煙幕の一種を用い、線を描いた。
 他の隊も演習があるのだろう、そう思って佐倉は機体を見送った。
「……俺の集中力が十秒だと知ってるな、アレは」
 どうやら、過ぎ去っていったのは知り合いのようである。
「……大佐、それ、冗談ですよね」
「冗句に聞こえたか?」
 いたって真面目に答え、浮田はひょいと肩をすくめた。
「よーし、全員、ぜんそくぜんしーん! 佐倉一宇候補生ならびに長野、ラスカ他余名については後で合流するため構わなくていいぞー」
 返事はないが、へばっている隊員たちが力無く手を挙げた。ばらばらと、這うようにして進み出す。
「なんか死体置き場から復活したゾンビたちみたいだな」
 浮田の言葉に、それに混じって歩き出した佐倉は蹴りを入れてやろうかと思った。

「はいはいはいはいっ! ちゃんと並んでくださいねー」
 一宇は生き生きとしている。
 しかし、鍋をお玉で叩くようなマネは、料理人見習い時代にはしたことがなかったろう。これも基地に派遣されて以降の習慣である。
 別に、そこまでして注目を集めなくても構わないのだが、敵味方を問わず全員がうだっているので仕方がない。
 砂漠は、珍しく風が穏やかだった。晴天のもと、テント設営をして脱落者を(ピクニック予定地までたどり着けなかったもの)放り込む。
 浮田が無差別にカラーボールを投げて敗残者を決めたあと、第七部隊も第二十五部隊も、別働隊が車でやってきた。なにやら重そうに鍋を降ろし始めたので眉をひそめた。
「よールノー」
 ちゃっ、と手を挙げ、浮田は微笑んだ。まただ。佐倉は顔色こそ変えなかったものの、内心ではつっこみを入れていた。大佐の笑みは、爽やかでも、既知のものにとっては嘘くさい。
「今度は何始める気ぃだ」
 あきれ顔で言うと、ルノー=モトベ大佐は一宇らのほうを眺めやった。
「ま、見てりゃわかるよ。それより、お前らも大変だよな、帰ってきてすぐに演習だろ」
「仕方ないさ、上の命令だ」
 仕方がないと言いながら、ルノーは大きなため息をつく。浮田はにやにやしながら言葉を継いだ。
「でも演習の意義は今回認められない……というよりは、むしろ、害になる危険が高い――兵を守るのもまた上官のつとめである、兵力の食いつぶしは妥当ではない」
「わかってんじゃねえか」
 にやり、と笑みを交わした二人は、報告書の齟齬がないように、事細かな打ち合わせを始める。
 ざー。
 砂が足下から崩れていき、うまく立っていられない。
 そんな中、隊員たちは箸を手に、ぼんやりと湯気を眺めていた。
 目の前の鍋から、暖かなスープ、そして餅が、注がれていく。
 今回の食器は、すべて食堂から借りたものだ。
 正月に基地の料理関係に手を貸した一宇と、大佐二名のお願いにより、特別に貸し出してくれたのである。
 だから、
「食器、ぜったいなくさないでくださいねー」
 内田隊員が叫んでいる。
 半分寝ているような第七部隊隊員といい、頭痛と吐き気に応戦している第二十五部隊隊員といい、食器類を砂の中に落として帰りかねない。それは避けねばならないのだ。
「……この状態で雑煮?」
 隊員たちがざわつくのを、一宇は無視した。
 そこへ、浮田がまっていたとばかりに頷く。
「餅を喉に詰まらせたときのために、軍医の手配はばっちりだからな、皆、心おきなく食えよ」
 全員、目が覚めたらしい。

「あー、雑煮って、こんなのなんですね」
 九条が額を押さえている。別に感心のゆえではない、頭痛の所為である。
 ともあれ、他の隊員たちも、うん、と頷いた。
 口々に、雑煮とはこういうものだと言い合っている。
「地域差が出るんですよね、ほんとに」
 一宇は椀を隊員に配っている。その隣で、椀に中身を入れていた憂乃が大きく頷き、椀が傾いて中身がこぼれた。
「大丈夫ですかっ」
 慌てた一宇に片手を振って、憂乃は顔をしかめる。
「いちいち構うな、火傷するような熱さじゃないだろう」
 ……じゃあなんで「あっ」とか言うんですか。
 一宇は腑に落ちないまま、口の中で言葉を転がす。
 ときどき、憂乃がよく分からない。
 浮田がきけばこう返したことだろう、ときどきでよかったな、と。
「こんな無茶した軍人、いないでしょうねえ」
 内田がのんびりと言うと、テントから出てきたラファエルが、光景を薄気味悪げに見渡した。
「……居たら困るだろう」

 雑煮は、一大センセーションを巻き起こした。
「俺のところは、白みそでした」
 九条が真顔で呟くと、
「お前、甘いのによく食えるな」
 浮田大佐がなんとも言えない顔になる。
 大佐の姉の娘である憂乃は、餅を持ち上げながらそれが際限なく伸びるのを眺めていた。
「確かにな、うちではみそベースだった」
「それって雑煮なんですか?」
 憂乃の言葉に、一宇は首を傾げる。
「うん。お前の家は?」
「えーと、なんだったかな、赤だし?」
「……澄まし汁だった。赤だしは板場だろう」
 佐倉少佐が助け船を出す。一宇の母が佐倉の姉にあたり、この家系の場合、味は母方から受け継がれるようだった。
「澄ましかー。ふうん、お前は?」
 浮田はひょいと沖田に振る。
 いきなり振られ、むせかけた沖田は切れ切れに答えた。
「世界的に揃って祝ってる新年より、むしろ春節に爆竹の印象が強いですね」
 むせて言葉にならないが、ラファエルが翻訳してやる。
 ちなみに、ラファエルと内田の生活の中には、そのような習慣(?)はない。ちなみに、クリスマスにターキーはある。
「肉とネギを炒めて、甘辛くして、餅を入れる」
「するめでだしを取る」
「野菜入れる」
 などなど、千差万別、家庭の味だ。
 話題のつきない連中に、浮田はふと、笑みを浮かべる。
「どうしたんですか? 大佐」
 佐倉が問い、一宇が似たような顔で首を傾げている。
 別に、と言いかけて、浮田は答えを変えた。
「この分だと、皆回復してるな」
「え?」
「実は、皆には黙っていたのだが」
 九条が器用に白菜を一宇の椀に放り込んで叫んだ。
「言わないでくれ! どーせろくでもないんだ!」
「九条、寝言は寝てから、文句は野菜を食ってから」
 大佐はわしわしと部下の頭を撫でると、自分の椀から人参を九条にプレゼントした。
「いっやあ!」
 情けなくさけんだ男はさておき、浮田は皆にむきなおった。
 他の者にも聞こえるように、張り上げるというのではないが、通るように声を出す。
「第二十五部隊、明朝に指令である! 休憩終了と判断したものから基地に戻って構わない! 各自休養をとっておくように」
「げ……」
 九条が呟いたのは、人参を誰の椀にも投入できなかったからなのか。

 そうして、この年は明けたのだった。
 慌ただしい一年を見送る暇もなく新年を迎え、一宇はこの空に祈る。
 かなうのならば、任務をこなしていく隊員たちが、今のようにくつろげる時間が失われないように。
 もしもかなうのならば、せめて、人類の火を削るような希望無き争いが減りますように。
 ……後日、基地を、部隊を、そして一宇自身を、大事件が襲うのだが。
 それはまた、別の話となる。

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