16『手伝い』
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だからイヤだと言ったんだ。
浮田憂乃は不機嫌を隠そうともしないで基盤とにらみ合いを続けていた。
真っ直ぐな髪も結い上げられた上に数日間満足に手入れもされていないため、埃やごみやまだらについていた。
技術作業員が揃って休暇を取ると言うこと自体異常事態なのだが、それを許可するシステムも異常である。
おかげで第七部隊の情報局員も召喚されて機密事項の整備にあたり、部隊のボスでもあるルノー・モトベも暇そうにベッドに転がっているのみである。
言っては何だが、そういう状態の軍人ほどつまらないものはない。
しなびた野郎どもに何の価値もなし、叔父である浮田=ランゼルでさえも働いていなければ身一つの野蛮人だと考える女性軍人年齢不詳。
ただのオヤジに興味なし。
ましてや、働いていて格好いい軍人相手でも、単にそれだけという世界観である。
「あー、暇ッすねえ」
えへ、と微笑んだ少年が、ぼんやりとスパナを持って倉庫の床に寝そべっている姿は、お世辞にも格好いいとは思えなかった。
誰だこんなやつ呼んだのは。
冷たい目で見つめられ、一宇はうっと声を詰める。
「大尉ひどいですよー、俺、整備工じゃないのに整備してるんですよ誰のためだと思ってるんですかー」
「自分のため」
しゃあしゃあと言ってのけ、憂乃はぽい、とビスを投げる。
「わからんな」
「何がですか?」
真剣に取り組んでいる顔はいいのだが、先程のようにたるみきると、どうして間抜けになるのだろう。
ひどいことを考えながら、憂乃はぽい、と次のボルトも投げてみる。見もせずに受け止めて、一宇は手早く作業を済ませる。
「……お前、頭も手先もいいよな」
うらやましい、とぽつりと言われ、一宇があからさまに目をむいた。
「はぁ!?」
飛行のテクニックでは九条同様に最上の称号を持つくせに、憂乃は妙に無自覚だ。
取り落としかけたネジを押し込み、一宇は機械の下からはいずり出る。
「大尉、本気で言ってるんですか」
上下関係もあってなきがごとし、敬語を使う暇があったら戦えという信念のある寄せ集め軍隊で、若者は半端な丁寧語を使っている。
「言ってる」
もし正規の軍隊なら首が飛ぶどころでは済むまいなと思いながら、憂乃は上目遣いをする一宇にわずかに頷く。
「私は銃と航空技術だけだから」
「だけ、って。……すごいですよ、それって」
「そうかな」
力を込めて言われると、かえって皮肉げに口元がゆがんだ。
「大尉、」
不意に声が近づいて、しゃがみ込んでいた憂乃は上体を逸らせた。先程まで四つんばいになっていた一宇が片膝をつき、少し下になる位置から憂乃を仰ぎ見ている。
「大尉はすごいですよ。自分で認めてあげてないだけで。賞をとったとかもそりゃあ実力示すのにいいですけど、でもそれがなくたって大尉の技術は俺も一回は確実に見ているし誰がどう言おうが保証します、それに……もしたいした技術じゃなかったとしても、どんなことも無駄じゃないです、俺が言うのもなんですけど、どんなことでも持ってれば力になりますから」
精一杯、といった風に言われ、憂乃は面食らって尻餅をついた。
ややあって、声を立てて笑い出す。
「お前は変なヤツだな」
「え、何がですか」
「どうしてそんなに都合がいいんだ」
「そりゃあ……母親とかに散々しごかれましたし。なんていうか幻想見られるほどじゃなかったし、女の感情論なんかほんとは全然わかんないけどノウハウとしては逆らわないほうがいいなーとか色々学習してはいるわけで」
「……成る程、さっきの私のセリフは感情論か」
急に態度を硬化させた大尉に、しまったと一宇がほぞをかむ。
軟化した大尉はなんだか野の小さな花のようなのだが、さすが野の花、店に飾られるような花とは違って扱い方が難しい。――もちろん、店の花のほうが面倒だというのも真理ではあるのだが。
閑話休題。
ともあれ、そんな二人を、叔父二人がそっと見つめていることに二人ともが気づいていなかった。
「あぁ……それ以上近づいたら」
「大佐、仕事に戻りましょう」
佐倉少佐はランゼルの背を押し、無理矢理戸口からひきはがす。
「憂乃ー! そいつには作業だけ手伝わせろ! 部屋まで送らせるのは安全対策で必要だが決して部屋に入れるなよー! 銃は手放すな、いいかーいくら相手が一宇だからってリーチの差があるんだからなー」
フェードアウトしていく声が、大佐の存在を知らしめる。
こわばった一宇の肩に、手をかけて憂乃が微笑んだ。
「メシでも食うか?」
手伝ってくれたお礼に。
怖くてそれどころではないのだが、一宇はちゃっかり頷いた。