この地はもう、お前を愛してなどいない。
それでも私はこの地に残る。
Bleibe(ブライベ)
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   Bleibe(ブライベ)   

26『アンテナ』
   *
「うおーうつらねえ!」
 第二十五部隊大佐浮田=ランゼル大佐は叫びながらテレビを蹴った。
 喫茶店内に沈黙がおり、BGMにしていた剣の舞が場つなぎのように鳴り響いていた。

「ランゼル」
 すっと差し出された手に、ランゼルはうさんくさそうな目を向けた。
「なんだよ、マリアン」
「見れば分かるわよね」
 仕事中は猫を被っていると評判(一部で)の美女は、白いエプロンで隠された自分の胸元に手を当てた。
「仕事中なの。迷惑、かけないでくれる?」
 にっこりと微笑まれ、私服=任務外=休みのランゼルはやむなく追い出される形となった。

「つっまんねーなー」
 ぶらぶらと街を歩いていると、無駄に因縁をつけられる。
「こんなに喧嘩しても楽しくない」
 ぼそりと呟き、彼は十数人の頭を踏みつけにして表通りに戻った。
 数名がよろけながら立ち上がって追いかけてきたが、振り返らずに全員のした。
「折角暇なのになぁ」
 仕方がないので、妻の働く喫茶店に戻ることにした。
 このままぶらついていても、楽しいことはさほどないように思われる。柄が悪く見えるのか、それともできるように見えるから高慢な鼻をへし折ってやりたいと思わされるのか、今日はやけに絡まれる。
 なぜだろうなと考えて、ランゼルは我に返った。
 慌てて左右を見、それから冷や汗でべたついてきた額に手をあてる。
「いや、まさか……でもあいつならやりかねんな……」
 呟いた矢先、さらに数人の男たちがこちらに向かって歩き出した。
 気のせいだと思いたいが、なんだか今日の絡まれ率を考えるとアレは自分を目指してやってきているようにしか思えない。事実、肩を掴まれた。
「ま、間違いない……!」
 ランゼルは男の顎に一撃くわえ、禁じ手も厭わず一気に仕留めるとざっと辺りを見渡した。
 やがて小走りに通りを進み出し、立ち止まり、彼は一目散に一軒の店に入った。
 工具店に。

「一宇ー、ガンバレよぉー」
「なんで俺なんですかぁ!?」
 半泣きの少年が一人、三階建ての建物の屋上にある貯水タンクにのぼっている。
 正確には「のぼらされている」少年は、はしごもない場所に命綱なしでのぼらされていたく憤っていた。
 文句を言いつつ、のぼらされているのは、上下関係のためだろうか。
 一宇は強風にあおられながら、なぜこんなところにパラボラアンテナを置くのか、と最初に設置した技術者を力の限り呪った。
「だいたい! こんなの大佐がやればいいじゃないですかぁ! なんで俺がー!」
 街の食堂で季節の果物を食していた一宇少年(非番)は、斜め向かいの工具店から出てきた大佐と目があったがためにこのような目にあっているのだった。
 犯人はふっと笑顔になり、可愛い部下にこう叫んだ。
「バカ言え。俺がそんな格好悪いことできるかよ!」
「あぁ、もう……!」
 とりあえず屋上には来てくれているランゼルが、下から時折工具を放る。
 給水塔の上にびよんと伸びた丸い皿のようなアンテナの前にたどりつき、一宇は震える手で工具を受け取った。
 が、風にあおられ、ボルトを三本取り落とした。
「何やってんだ! バカ!」
 即座にランゼルの叱咤が飛ぶ。
「うわーん無茶言わないでくださいよう」
 落ちたボルトがかーんと澄んだ音を立てて柵にあたり、地面に向かって落ちていった。
「今のが銃だったらどうするつもりだこらーまったくー」
 最終的にはやる気なく言い放ったランゼルだが、一宇は半泣きのままである。
「ううっ……他にプロが居るのに……! 電気屋さんいるのに!」
 泣きながら回線を調整し、少年は明日を憂えた。
「俺、便利屋さんじゃないですよううう、しかもいつもそしてこれからも多分ただ働き……くうっ」
 文句は多いが、作業は間違いがないらしい。
 階下から、ラジオと同線でひいてある映像回線がなおったという声が聞こえてきた。
「お前ホントにオールマイティだなぁ」
 大佐はものすごく楽しそうに一宇の後ろ姿を見ていた。
「できれば、伴侶は性格を選べよ」
 使われやすいから大変だろうしなぁと呵々として笑い、大佐は自身の身に思いを馳せる。
 ……多分、今日、喫茶店で「迷惑になる」と怒られたとき、ちゃんとうつるように直すのが正解であって、逃げ出したのは彼女の怒りをかうに充分であったのだろう。
 あぁ、怖いよなぁ……。
 いつか自分の娘もあのようになるのだろうか。
 生ぬるく微笑みながら、ランゼルは作業をおえた一宇に向けて、ケーキをおごると約束した。

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